昭和49年――僕が生まれた時代はこんな世界だった
昭和49年。
戦後からまだわずか29年しか経っていない時代に、僕はこの世に生まれた。
いま振り返ってみると、自分が生まれた時代は、今とはまったく違う空気が流れていたように感じる。
便利さも、情報の速さも、モノの豊かさも今とは比べものにならない。でも、そんな“不便な時代”だからこそ、人のぬくもりや素朴さが心に残っている。
周囲の家庭はどこも似たように貧しくて、豪華なものなんてほとんどなかった。
それでもみんな、今よりずっとシンプルに、そしてどこか楽しそうに暮らしていた気がする。
あの頃の空気は、時が経てば経つほど宝物のように思えてくる。
東京・江戸川区 上篠崎で過ごした幼少期
僕が小学校3年生まで暮らしていたのは、東京の江戸川区・上篠崎。
その近くには、今も変わらず存在している 篠崎公園 があった。
この篠崎公園は、東京の公園としてはかなり大きく、当時の僕にとってはまさに“冒険の舞台”だった。広い芝生、風に揺れる木々、どこまでも続く空。
あの景色は今も心の中で鮮明に残っている。
毎日のように公園へ行き、友達と走り回ったり、草の匂いを胸いっぱい吸い込んだり。
あの頃の時間はゆっくり流れ、夕方の空を見上げながら家に帰るのが当たり前だった。
あの頃が今よりも近く感じる時がある
昭和49年というと、もう半世紀近く前のこと。
時代がどれだけ変わっても、あの頃の素朴さや温かさは、今の自分の根っこの部分にしっかりと残っている。
時々ふと思う。
「豊かさって何だろう?」
「本当に大切なものって、案外あの頃に全部あったんじゃないか?」
そんな気持ちにさせてくれるのが、僕が生まれた昭和49年という時代であり、上篠崎での幼少期だ。
これからも、あの時代の空気を忘れずに生きていきたい。


