大阪で放火事件がありましたね【無敵の人の気持ち】

大阪で放火事件がありましたね。犯人は放火した後、自ら炎の中に飛び込んだとか・・・。間違いなくこの犯人も、無敵の人化してるんでしょう。しかしそういった無敵の人になってしまう気持ちが、今の俺には理解できてしまうから困る。俺も結構スレスレの精神状態で、日々を送ってるからね。

なんで無敵の人になるかと言えば、世の中から村八分になって、相談できる人もいないし物事が上手くいかないことが多くなるからだろう。特に人生詰んだ中年男は、社会の視線は結構冷たいなと感じます。

俺も30歳までは、社会からの視線に冷たさを感じなかった。今は結構社会からの視線は冷たいし、危険人物っぽい視線でも見られます。中年で派遣社員をやっているってだけでも、結構社会からは見下されて、嫌な目で実際見られますよ。

社会から見放されて、そして見下されると孤立感に襲われるし、そういう状況になると何やっても上手くいかない。そして、希望が持てなくなると周囲の人間を殺し、鬱憤を晴らしてから自分も死のうという気持ちが湧いてくる感覚ってのが、今の俺にはわかっちゃうんだよね〜。

特に人生が詰んだ中年男は、そういった無敵の人になりやすいのではないかと思う。中年男は人生が詰んで変質者扱いされると、何やっても上手くいかなし、誰からも相手にされないので社会から孤立して精神状態もどんどんおかしくなっていきます。

俺はまだ母ちゃんという俺の理解者がいるから、まだ無敵の人にはならないが、これで母ちゃんからも見放されるようになったら、俺も危ないのかなと思う。親父からは見放されているが、親父自身が無敵の人化しているので、親父とは逆に繋がりは持ちたくはない。

犯人も放火した後、自分も炎の中に飛び込んだらしいが、自分が死にたいなら自分一人で勝手に死ねよと思うのだが、無敵の人化した人間はそうはいかない。周りの人間を道連れにしないと、自分が死ねない思考になっている。それは俺は理解できてしまう。自分一人がひっそりと死ぬってのが、世の中に対して復讐の心を残したまま死ぬ感じで、なんか悔いを残して死ぬ感じがある。

俺は限りなく無敵の人に近いのだが、無敵の人にならないために、社会から見放されても生きていけるように、副業や投資で生きていける状態を常に作ろうとしてます。そこら辺の収入もじわじわと増えてるし、やっぱりそういうことを考える頭がないと、生きてても絶望感しかなくなるので無敵の人になる。

無職の中年男は精神的に不安定になると、社会の視線は冷たい。そんな時話し相手が一人でもいれば、まだ精神は保てるのだが、話し相手が誰一人いなくなると、どんどんと悪い方向に言ってしまい、しまいには無敵の人になり無差別殺人をして自分が死ぬといった行動をする。

今後の日本はそんな無敵の人は、間違いなく増えていくだろう。俺も無敵の人スレスレの人間だし、精神的に限界が来て、なんらかのスイッチが入ってしまった時、無差別殺人をして自分も死ぬといったことをやらかしてしまうのかもしれない。