状況に応じて生産性が変わる。

昨日親父がもめていた原因の一つに、近所のスーパーでレジに並んで買い物をすることが苦痛で、それを母ちゃんや俺に対して恩を着せてきた。自分が食べたいもの買ってくるついでに、飯の食材を買ってくるわけだが、レジで年取った男が並ぶことがどんなに辛いことかと、俺らにもほざきちらした。それ以外に頭にあることを全て恩を着せるように、俺に対しても怒鳴ってきた。

10年以上引きこもりをしている親父からすれば、近所のスーパーで買い物をすることがかなりの重労働らしい。俺はスーパーでの買い物に関しては、そんな風に考えたこともない。

暇な人間はちょっとした事でも苦痛に感じ、行動ができないため生産性が低い。俺はやはりそうはなりたくはない。俺は仕事に関しても、やる気あるかないかは別として契約として業務をこなしているが、1秒でも無駄な行動はしないように考えながら、効率よく動けるようにはしている。俺は平日、親父のように食っちゃ寝している時間は全くありません。親父のように食っちゃ寝し周囲に文句ばかりたれているような人間は嫌いだ。そしてそういう人間のように、自分が老人になってもなりたくはない。

仕事の始まる前や合間に俺はKindleで本を読み、生きていくために手がかりを常に見つけようとしている。周囲からすれば無駄なことだと言われるかもしれないが、それでも俺は生きるために考え追求し続けます。

俺はいつでも死んでもそれは運命だと思っている。ただし生きているうちは、自分の生き方を追求していきたい。時間を無駄にしている人間ほど、自分を可愛がり死を恐れている。それは間違いないです。