幸せに繋がらない働き方

ワーキングプア

末端の非正規労働は、間違いなく将来の幸せに全く繋がりません。その時を生き抜くための最低限の収入を得ること、心身のトラブルが起き勤務が難しくなれば即切り捨てられるという働き方です。

末端の底辺労働

末端の底辺労働者とは、人材の定着率が非常に低く、常に求人を出している職場で働いている人のことです。今俺のいる職場もマジに人がいないわけです。求人を見るとさぞかし立派な会社なのだろうと勘違いするのだが、実際に職場で働いてわかることは、職場にも数人しかいない請負の仕事だった。

職場に残っている人の顔を見れば、すぐにこの職場がどんな状態なのかは判断できます。痩せこけ体調を崩しがちになり、常に疲れた顔をしている。全くその仕事をして、幸せになれているような感じはなく、その人らも常に疲れた〜と口走っている。

行動力のある人間は、そんな職場にはとどまらないだろう。行動力がない人間は、不満を口走りながら心身を犠牲にして働くことになる。

底辺労働は繋ぎ

底辺労働はあくまでも人生の繋ぎとして従事し、その仕事を続けながら自分が前進できる生き方を見つけていったほうが良いだろう。俺は常人から見れば馬鹿げているかもしれないが、ブログ活動を成長させていき、収益を増やしていきたいと思っている。

底辺労働を人生の主軸に考えてしまいうと、体を壊したり、精神病に確実になります。底辺労働というものは、そもそも人として働くものではなく、企業側からすれば単純に生産機械と変わりません。

生産機械がぶっ壊れれば、また別の機械を入れ替えるだけで済みます。底辺労働は基本的に単純作業がメインなので、最近では外国人労働者という優秀な生産機械も存在しています。

中高年の底辺労働者は、そんな優秀な外国人労働者にも勝てるわけもないし、無理をすれば心身を破壊してしまうので、そのラットレースからは早めに抜けたほうが良いと感じます。

日本の中高年の底辺労働者は今から準備

中高年の底辺労働者は、今から明日以降のために準備が必要でしょう。生活水準を極限まで落とし、底辺労働以外の場所で収入を得る。いわゆる副業、または複業。

俺も今はホントに必要なもの以外は購入は控え、月々の出費は極限まで落としてます。おそらく、月の出費に関しては3ヶ月前の半分以下にまで落としている。

そして副業。俺の場合は複業としてやっている。ブログも現実に収益を生んでいるものなので、とにかく毎日低脳な俺が頭を悩ませながらブログの記事を書き続けています。今は自分にできることはそれしか見つかりません。

しかしながらこうやってブログを書いているだけでも、月1万の収入を得られれば御の字でもあり、ブログを書き続けるモチベーションにも繋がります。

ブログのネタですが、ここ数日感じたことですが、朝の出勤前と仕事の合間の休憩時間に思いつくことが多く、そのときに文章を打ち込んでいます。最近は夜に記事が書けなくなっている。

中高年の底辺労働者は、早く今やっている底辺労働のラットレースから抜け出さないと心身の病を抱えてしまいます。底辺労働者は使い捨てのきく、機械に過ぎません。そこから自分が幸せになれると思ってしまうと、あとで辛い現実を見ることになります。