正月明け、50代と働き方を考える

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今日は1月3日。世間的にはまだ正月ムードが残っているが、気分的には今日で一区切りだ。明日は普通の日曜日。とはいえ、僕自身は正月だからといって特別なことがあったわけでもなく、いつもと変わらない日常を過ごしていた。

今年は、良くも悪くも去年とは違う年にできればいいと思っている。正直なところ、あまり大きな期待はしていない。ただ、失敗してもいいから何か行動できれば、それだけで十分だと思っている。

50代サラリーマンのリストラが増える現実

最近、50代のサラリーマンがリストラされるニュースをよく目にする。冷たい話に聞こえるかもしれないが、職場に中高年の重い空気がいつまでも漂っているのは、やはり良くないのだろう。そう考えると、ある意味では仕方のない流れなのかもしれない。

就職氷河期の頃を思い出す。当時は僕らの親世代にあたる中高年が職場に溢れ、どの会社も席が埋まっていた。その結果、その子ども世代である僕らの採用枠は極端に狭められていた。ハローワークに行けば、建物に入りきらないほどの求職者が押し寄せていた光景が、今でも頭に残っている。

終身雇用・年功序列が崩れた後の社会

その経験が教訓になっているのだと思う。終身雇用や年功序列が崩壊した今、生産性が落ちた中高年を切り、若い労働者や外国人労働者を求める流れが生まれるのも理解できる。それをしなければ、職場に活力は生まれない。

生産性の落ちた中年ばかりが幅を利かせている職場では、空気が重くなる一方だ。新しい発想も、新しいエネルギーも生まれにくい。

50代は「巣立ちの時期」なのかもしれない

今の時代、50代は一つの区切りであり、巣立ちの時期なのかもしれない。いつまでも他人の会社に寄りかかるのではなく、自分の力でビジネスを作り、第二の人生を形にしていく。社会全体が、そうした方向へ切り替わりつつあるようにも感じる。

もちろん、それは簡単なことではない。だが、会社にしがみつく以外の道を考えざるを得ない時代になっているのも事実だ。

脇役として生きる場所を探す

そんなことを考えながら、僕は社会の中で「脇役」として働ける場所を探している。若い人たちと同じ土俵でバリバリ働くのは、正直、体力的にもう厳しい。

とはいえ、今年は働かないと本当にヤバい。理想やきれいごとを言っている余裕はない。できることを、できる形でやるしかないのだと思う。

大きな成功を目指さなくてもいい。失敗してもいい。まずは動くこと。その一歩を踏み出せる一年にできれば、それで十分だ。

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