
ネットで発信すると必ず現れる攻撃的な人
ネット上で何かを配信していると、ほぼ確実に攻撃的な人が現れる。
内容への建設的な批判ではなく、乱暴な言葉を使った感情的な攻撃だ。
正義感が強すぎるのか、承認欲求が暴走しているのかは分からないが、見ていていつも同じ違和感を覚える。
なぜ正体を明かして攻撃しないのか
それほど自分を認めてもらいたいのであれば、名前や顔を出したうえで攻撃すればいいはずだ。
それでも主張が正しいなら、堂々としていればいい。
しかし現実には、匿名という影に隠れたまま石を投げる人がほとんどだ。
その時点で、強い人間には見えない。むしろ弱さをさらけ出しているように思える。
他人を攻撃する人は「自分に何もない」
ネットで他人を攻撃してしまう人というのは、おそらく自分の中に何も積み上げられていないのだと思う。
自分が何かを生み出しているわけでもなく、誇れるものもない。
だからこそ、何かをやっている他人が目障りになる。
感情が先に立ち、言葉は荒れ、理屈のない攻撃になる。
社会の荒波で溺れている人たち
僕には、そうした人たちが社会の荒波で溺れているように見える。
反抗もできず、環境を変えることもできず、ただ従うだけ。
苦しみだけが溜まり、鬱憤が行き場を失う。
その結果、誰かにぶつけなければ自分の心が壊れてしまう。
だから、安全な匿名の場所で、他人を攻撃する。
心の余裕を奪う社会になっている
最近はネットに限らず、話が通じず、すぐ感情的になる人が増えているように感じる。
それは個人の資質というより、心の余裕を持てない社会構造の問題なのかもしれない。
余裕がないから、他人を潰さないと自分を保てない。
他人を下げないと、自分が沈んでしまう気がする。
それでも壊す側にはなりたくない
そんな人ばかりが増えているようで、正直、息苦しさを感じる。
それでも僕は、影に隠れて石を投げる側にはなりたくない。
何かを壊すより、何かを作るほうが、よほど人間らしい。
そう信じて、これからも発信を続けていこうと思う。


