
AIアイキャッチ画像が導く、ちょっとおかしな世界
最近、自分のブログを見返していて、ふと思うことがある。
AIで生成したアイキャッチ画像が、だんだんおかしな世界に進んでいる気がするのだ。
気づけばブログの画像は、
気持ち悪いおっさんだらけ。
普通にAIで画像生成をすれば、
・それなりにキレイ
・それなりに無難
・誰が作っても似たような仕上がり
…そんな「まともな画像」は、正直いくらでも作れる。
でも、それって個性がない。
どこかで見たことがあるような画像にしかならない。
へそ曲がりはプロンプトに表れる
僕は昔からへそ曲がりだ。
周囲と同じことをするのが、どうにも好きになれない。
「普通」が嫌い。
「王道」から少し外れていたい。
その性格が、どうやらAIに入力するプロンプトにも、
しっかり表れているらしい。
結果として生成されるのは、
・冴えない
・貧乏くさい
・社会から少し外れてしまった
そんな底辺寄りのおっさんたちだ。
昔は漫画、今はAI
高校生の頃、漫画家になりたいと思って、
来る日も来る日も漫画を描いていた時期がある。
下手でも、とにかく量だけは描いた。
頭の中の世界を、紙に必死で落とし込んでいた。
それが今では、
AIに「こんな絵を描いてほしい」と指示を出すだけで、
数秒後にはやたら複雑な絵が出てくる。
もはや絵というより、写真に近いクオリティだ。
便利な時代になったと思う反面、
「無難な指示」では、無難な結果しか返ってこない。
ボインボインのギャルより、ひもじいおっさん
AIを使えば、
ボインボインのピチピチギャルの画像だって、
簡単に作れる。
でも、それは僕が求めている方向じゃない。
僕が生成したいのは、
ひもじいおっさんの日常。
・汚れた部屋
・くたびれた表情
・社会から見放されたような空気
そういうものに、なぜか惹かれてしまう。
これからも、おっさん中心でいく
だから僕は、これからも
底辺のおっさん中心のAI画像を生成し続けると思う。
キレイでも、映えてもいない。
むしろ、ちょっと目をそらしたくなるような世界。
でも、それが僕にとっては「普通」で、
それこそが僕のブログの色なんだと思う。
AIが進化しても、
人間のひねくれ具合までは、
まだ矯正できないらしい。
そしてたぶん、
僕はそのひねくれを、これからも全力で
プロンプトに叩き込み続けるのだろう。


