
選挙が始まっても、心は動かない
今日から衆議院選挙の期日前投票が始まったらしい。
だが正直なところ、今回の選挙に高揚感はまったくない。
選挙が近づくたびに「重要な一票」という言葉が繰り返されるが、
その言葉がどこか空虚に響くのは、気のせいではないだろう。
小選挙区は白紙という選択
小選挙区については、白紙で投票するつもりだ。
理由は単純で、良いと思えない候補者の中から、無理やり誰かを選ぶ気にはなれないからだ。
「最悪の中からマシなものを選べ」
この考え方を何十年も続けた結果が、今の日本の政治だとしたら、
その前提自体を疑うべき時期に来ていると思う。
比例代表だけは意思表示をする
比例代表については、自分が支持している政党に投票する。
大きな期待をしているわけではないが、
ゼロではない可能性に対して、最低限の意思表示はしておきたい。
何も考えずに全放棄するのとは違う、
「考えた末の選択」だ。
司法への不信と国民審査
最高裁判所裁判官の国民審査については、全員にバツをつけるつもりだ。
今の日本の司法は、国民感情や常識から大きく乖離していると感じている。
司法が本当に国民の側に立っているのか、
そう問われたとき、胸を張って「YES」と言える人はどれだけいるだろうか。
国民は茶番を見せられているだけなのか
結局のところ、国民は「選んでいるつもり」で、
実際には用意された選択肢の中で動かされているだけなのかもしれない。
どこに投票しても、大きな流れは変わらない。
本気で既存の支配構造を壊そうとする人間は、
政治的に潰されるか、社会的に排除されるか、
場合によっては命の危険すら伴う。
日本政治を縛る見えない構造
日本の政治は、国内だけで完結しているわけではない。
国際金融、巨大資本、地政学的な力関係――
そうした目に見えない構造の中で管理されているのが現実だろう。
だから選挙は、どうしても「出来レース」に見えてしまう。
本質に触れない限り、誰が当選しても大勢は変わらない。
トランプさんという異質な存在
アメリカのトランプさんを、無条件に評価しているわけではない。
トランプさん自身も、既存システムの一部であることは否定できない。
それでも、
「命を懸けて盤面をひっくり返そうとする姿勢」
だけは、従来の政治家とは明らかに異質だった。
日本でそれをやればどうなるか
日本で同じことをやろうとすれば、
相当な覚悟と、相当なリスクを背負うことになる。
原口一博さんらの動きにも志は感じるが、
まだ力は弱く、簡単に潰されかねない段階だ。
それでも、大和心を貫こうとする人間がいる限り、
完全な絶望ではないと信じたい。
白紙投票は諦めではない
白紙投票は、思考停止ではない。
諦めでもない。
この茶番の中で、
「自分は納得していない」と突きつける、
ささやかだが、確かな意思表示だ。


